-お出かけ-

「…あとはあのお店に行って靴を買って…ふふ、たまの休日に
銀座で思い切り買い物するのって何て楽しいの」
その日は歌劇団の休日。召使いらしき風貌の若い男性の両手には
持ち切れない程のブランド袋が溢れている。
「お、お嬢様…一度お車に戻って荷物を置いて来て宜しいでしょうか?」
今にも落ちそうな袋を抱え、召使いはさっそうと前を歩く女性に声を掛けた。
「あら、もうへばっちゃったの?前の召使いはあと2・3袋は持てたわよ?」
そんな男性を尻目に女性が振り向きざまに言う。
「す、すみません…すみれお嬢様」

大財閥と言われた神崎重工…そこの一人娘である神崎すみれは歌劇団の花組に
在籍している。そして休日になると銀座を巡っては買い物三昧の一日を
送り日ごろの戦いでのストレスを発散しているのである。
しかし、美しい見掛けとは違い口が達者な彼女には今まで何人もの召使いが
凹まされ辞めていった。今買い物袋に埋まっている高崎は通算50人目の
すみれ付きの召使いだった。

「と、とにかくこのままではもう持てません…」
そんな高崎の様子にすみれは一つ大きなため息をわざと付くと
「いいわ、あなたは先に車で待ってて。わたくし一人で周ってくるから」
と、さもガッカリした様な顔でまた前を向き歩き始めた。
「だ、駄目ですっっ。お嬢様一人にはさせられませんっっ」
落ちそうな袋を抱えなおすと高崎は慌ててすみれの後を追っていく。
「…大丈夫よ高崎。わたくしはもう子供じゃ無いんだから一人で周れるわ
それに、あなたみたい頼りにならない人が近くに居ても仕様が無いし」
皮肉を言っては見たものの、まだ入って間もない彼の事を考えると
これ以上我侭を言うのも難だと思いすみれはわざとさっさと歩き出した。
「すみれお嬢様っっ!どうぞお戻り下さい…っっ」
後ろから聞こえる声を無視しすみれはどんどん人ごみの中に入っていく。

暫く歩いた所で近くの路地に入り、すみれは今歩いてきた道を振り返り
壁の間からこっそり覗いてみた。
「…追っては来ないみたいね…」
高崎の姿は何処にも無い。まぁ、流石にあの荷物を持ってちゃ来れないわよね…。
「たまに一人で周るのも悪くないわ」
再び人ごみの中に混ざり、すみれは近くのショッピングビルの中に飛び込んだ。

一方、荷物を何とか車に運んだ高崎は運転席で一人ブツブツ独り言を呟いていた。
「畜生…財閥のお嬢様かなんだか知らないが、あんな我侭な女は初めて見たぜ」
さっきの俺を見下したような顔。俺よりも年下なのになんだあの目は…っ!?
まだ入って間もない彼にはすみれ特有の心遣いは伝わっていない。
それでなくても、彼女の見えない優しさは付き合う長さに比例し判って来る様な
細かいもの。付き合った時間が少ない高崎にはそんな彼女の真意は汲み取れなかった。
日ごろの彼女の言動に、溜まりに溜まったストレスが白い手袋の先を
噛む事で彼は何とかしのいできた。しかし流石にここ最近ずっと彼女の買い物に
付き合わされた彼にはすみれに「我侭な女」以外の印象は無かったのである。
「何とかぎゃふん!と言わせる事が出来ないかな…」
手袋の先から口を離し暫く考えている仕草をすると、何かを思い出した様な
表情になり車を降りた高崎は近くの電話ボックスに入っていく…

「そういえば、高崎って最近お父様が連れてきたのよね…昔は悪い事をしていた
そうだけど今はすっかり更正してあの仕事に就いたとか…片親しかいないって
聞いたっけ。…何かお土産でも買って行ってあげようかしら…」
高級ブランド品がずらりと並んだ棚の前、すみれはそんな事を思いながら
品物を物色していた。のちにあんな目に合うとは知らずに…

そんな彼女の心情も知らない高崎は電話ボックスの中、相手との会話を終えると
再び戻った運転席でにやりと口元を歪ませ含み笑いを繰り返す。
「くくく…見てろよすみれ「お嬢様」…」
開けられた窓から側を歩く人間の視線を無視し、彼はずっと笑い続けていた。

小一時間が過ぎた頃、すみれは両手に紙袋を一つずつ持ち高崎の待つ車に
乗り込んできた。
「お嬢様、もうこんな勝手な事はおやめ下さい。何かあったらどうするんですか」
高崎は後部座席を向き、わざと心配そうな顔をするとすみれに一言告げ
車のエンジンを掛けた。
「…そうね、紙袋を持つ人が居ないと大変だもの。よく判ったわ」
すみれは自分の横に二つの袋をドサッと降ろすと座席の後ろに寄りかかり
短いため息を付き目を閉じる。
…そんなすみれの顔をルームミラーを通す高崎のにやけた目が見つめていた。

続く