-蘭の受難-
ガタンガタン・・・・。
今日も満員の電車の中、毛利 蘭は苦しそうな顔をしながら人ごみに揺られていた。
『もう〜、早く駅に付かないかなぁ・・。』
そんな事を思いながら何気なく辺りを見回すと、様子のおかしい女の子が一人
蘭の目に飛び込んできた。
よく見るとその子の着ている制服は蘭と同じ学校のデザインらしい。
女の子は顔を少し歪め、後ろを時々振り返っては眉をひそめている。
『・・・何だろう?あの子ちょっと変だわ。』
これは何かある。彼女の父親が探偵をしてるのとは関係無いのだろうが
ピンと来る物を感じた蘭は人ごみを掻き分け女の子に近づいていった。
やっとその子の横にたどり着くと蘭は思い切って女の子に小さく話し掛けてみた。
「ねぇ、どうしたの?あなた様子が変だよ?」
蘭の声に驚いた女の子は泣きそうな顔で振り向くとこう答えた。
「あ、あの・・う、後ろの人が・・・。」
「後ろ・・?」
そっと後ろを振り向くと、背広を着たサラリーマン風の男の手が
女の子のスカートの中に入りなにやらモゾモゾと動いている。
「ち、痴漢!?」
蘭が小声で言うと女の子はコクコクと頷いた。
「今助けてあげる。」
一言そういうと蘭はその男の足を思い切り踏んづけ大声を出した。
「あ、ごめんなさい!私よそ見してて・・・!」
男は足を踏まれた激痛と声を出された事で慌てると、小さく舌打ちをして
その場から移動していった。
「あの・・ありがとう。」
ホームに着くと女の子はおどおどしながら蘭にお礼を言った。
「いいのいいの。痴漢は絶対許せないもんね。でも
あなたも今度からはハッキリ言った方がいいよ?」
「・・はい。ありがとうございました。」
もう一度ペコリとお辞儀をすると彼女は人ごみの中に消えていった。
痴漢かぁ・・朝から嫌なもの見ちゃったな。
そう思い蘭は学校に向かった。
・・・そして下校時。
蘭が廊下を歩いていると、目の前を知った顔が通り過ぎた。
「あ!あの子今朝の・・・。」
それは今朝蘭が痴漢から助けた女の子だった。
「ね、ねぇ。」
少しためらったが、後の様子も気になっていた蘭は声を掛けてみた。
「・・・あ。」
女の子は蘭を見ると走りより笑顔を見せた。
「今朝はありがとうございました。」
「良かった〜。あの後気になっちゃって・・。大丈夫みたいね。」
「はい。・・・・あの・・・少しお話いいですか?」
「?うん、いいけど・・・?」
二人はそのまま学校の裏まで歩いていくと石の階段に並んで腰をおろした。
「で、何?話って?」
「あ・・わ、私・・神埼涼子って言います。」
小さく名前を言うと、涼子は少しずつ話し始めた。
彼女の話はこうだ。
今朝蘭が追い払ってくれた痴漢はもう3ヶ月も前から
彼女だけを狙って毎日同じ電車で痴漢行為をしていた事。
涼子は性格が大人しいために今まで誰にも話せず苦しんでいた事。
その男にはどうやら何人かの仲間がいるらしいと言う事だった。
蘭はその話を聞き終えると溜息を付いた。
「全く・・なんてやつなの。女の子の敵だね。」
腕組みをしながら怒った顔で呟く。
「はい・・それで・・今日会ったばかりでこんな事を
頼むのはすごく失礼なんですけど・・・・。」
片手を口にあて、涼子はおどおどしつつ話を続ける。
「毛利さんって・・格闘技をやってるって聞いて・・・・
その・・良かったら一緒に帰ってもらいたいなって思って・・・。」
「・・・ボディーガードの代わりって事?あはは、いいよ。」
あっけらかんとした蘭の言葉に涼子の顔がパッと明るくなる。
「本当ですか!ありがとうございます!」
そんな彼女の様子に蘭はクスっと笑うと、二人は帰り支度をしに
教室に戻っていった。
「そっか〜、涼子ちゃんも大変だったんだね。」
帰り際涼子から細かく話を聞き、蘭は改めて憤りを感じていた。
「はい・・。あの人たち常習らしいんです。それに、時々
目をつけた女の子の帰り道に待ち伏せたりもするって
聞いた事があって怖くて・・・。」
「酷いやつらだね・・・。そんなのが出て来たら私が皆やっつけてあげるよ。」
蘭はガッツポーズを作りおどけた仕草をとった。
涼子はそんな蘭に安心したのか、その後二人は談笑をしながら帰っていた。
「あ、ここが私の家です。・・・蘭さん、本当にありがとう。」
「ううん、また何かあったら私に言ってね。」
「はい。それじゃさようなら。」
笑顔で家に入っていく彼女を見送り、蘭も自宅に向かおうと歩き出す。
ところが、蘭が少し入り組んだ道に入った途端に数名の男が
あちこちから出て来て彼女の周りを取り囲んだ。
「だ、誰!?私に何か用なの!?」
自然に型を取ると蘭はぐるりと辺りを見回す。
人数は全部で3人。皆黒いサングラスをしていて顔は判らない。
だがその内の一人には何となく見覚えがあった。
「・・・・あ、あなた今朝の痴漢でしょ!?」
蘭に言われた男はふっと笑うとサングラスを取り、懐から別のメガネを
取り出すとそっと掛けて彼女を見据えた。
その姿はまさしく今朝蘭が足を力いっぱい踏み撃退した男の顔だった。
「全く・・せっかく楽しんでたのに邪魔してくれちゃって・・只じゃすまないよ?。」
見かけとは違い、凄みを効かせた声で男が言い放つと残りの二人とは
違う場所からもう一人出てくるのが見えた。
それはガタイのごつさといい、蘭すら勝てないと思うような雰囲気を持った男だった。
『どうしよう・・・。負けるかもしれない。』
他の三人には楽勝で勝てると思っていたのに、考えが甘かったか・・。
「考えてても仕様が無いわ・・ハッッ!!」
蘭はその男めがけ蹴りを繰り出そうとした。
ガッッ!!
だがその男はいとも簡単に彼女の足を掴んで止めると
無言で腹目掛けパンチを一発打ち込んだ。
「ぐう!!」
途端に蘭は意識を失い男の腕の中に倒れていく。
「くくく。いくら強いか知らないけど、タイミングさえ計ればたやすいもんだね。」
メガネの男はにやりと笑いながら合図を出すと
蘭を背負った男たちと一緒に近くに止めてあった黒塗りの車に
乗り込んで去っていった。
続く