-バレンタイン-

「あ〜…憂鬱だ…」
カバンを肩に担ぎ、学校に向う道を歩きながら
俺は今日と言う日を呪っていた。
2月14日、世間では「バレンタインデー」と言い
男達にとっては一年に一度の盛大なイベント…の筈なのだ。
だが今の俺にとっては一年に一度の地獄の一日。
何故そうなのかと言うと…

「あ、章ちゃんみっけ〜〜〜〜!」
聞きなれた声が後ろから聞こえる。そしてタタタっと走る音。
…地獄の原因がこいつ。幼馴染の美弥だ。
幼馴染…普通に聞くと聞こえは良いが、小さい頃からこいつに
散々使われてきた俺にとっては聞くだけでも不愉快な響きだ。
こいつは自分が面倒臭い事は全て俺にやらせてきた。
勿論、俺も言われっぱなしじゃなく抵抗もした事があった。が
結局女の武器「涙」を使われ、いい様に丸め込まれて今に至る。
なので、今ではこいつに対する感情はすさんだ物しか残っていない。
「章ちゃんおはよ〜、今日はバレンタインだね」
そんな気持ちを知ってか知らずか、美弥は機嫌良く俺の肩をポンポンと叩く。
「っせーな!バレンタインなんて俺には関係ねーよ」
「何よその態度。毎年一人は確保出来てるんだから文句言わないのっ!」

そう、毎年俺は美弥からチョコを貰っている。
友達に言わせると「すっげー羨ましい」らしい。
美弥は見かけがいわゆる「カワイイ系」で誰に見せても「美少女」という
評価が下る。そんな「美少女」から毎年チョコを必ず貰える俺は
クラスの男どもからも、この日だけは妬みの視線を一斉に受けなくてはならなかった。

「まったく…お前の本性を知ったら狙う男なんていないよなきっと」
自分なりに皮肉を込めて言うと、美弥はぷっと頬を膨らませいきなり
俺のデコにデコピンをくらわせた。
「っ!いってぇ!!何するんだよっっ」
「うっさい!今年もちゃんと受け取って貰いますからね!」
「いらねーよ、本命早く見つけてそいつに渡せよ。毎年貰っても
嬉しくも何ともねぇ、特にお前からはな」
「章ちゃん…」
その瞬間、美弥は今までに聞いた事が無い様なしおらしい声を出すと
寂しそうに学校に向って走っていった。
「また武器をつかおうってのか?もうその手にゃのらん」
毎年この調子で騙されっぱなしの俺にとって、美弥の寂しそうな顔は
今更ダメージをくらうものでは無い。
「泣けば良いってもんじゃないんだよ…女はこれだから…」
美弥のお陰で(?)今じゃ女そのものにも興味が無い。だからと言って
男にゃもっと無いが…。

-そして放課後…
結局美弥は来なかった。いつもならクラスに押しかけてまで
俺にチョコを渡していた筈が、今日は何故か一度も姿を見かけない。
「…朝、言い過ぎたかな」
はっ!いかんいかん!また騙される所だ!これで何回チョコを押し付けられたか。
「さっさと帰ろう…」
カバンを手早く掴み教室の出口に向う。
日はとっぷりと暮れ、夕日が教室に差込み辺りはオレンジ色一色に染まる。
放課後のチャイムから数時間。生徒はほとんど部活か下校で人影を見る事も
ほとんど無くなっている状態だった。
そしてドアを開け、廊下に出た俺の目の前に…美弥が立っていた。
「げっっ!」
「……」
「?」
なんだ?いつもと違うな…
美弥はジッと俺を見つめ、何も言わずモジモジしている。
「な、なんだよ?言っとくけどチョコはいらねーからな」
「…うん、分かってる」
なんだこの雰囲気は…裏があるに違いない、俺は思わず身構えた。

「だったらもう帰れば良いだろう?」
「…あのね…今年は…チョコじゃないの…」
「は?」
「だから…チョコじゃなくて…」
「もっとハッキリ言えよ。全然聞こえねーよ」
すると美弥はいきなり走り寄ると俺に思い切り抱きついてきた。
「な、な、なんなんだよ!!」
「あ、あのね!毎年章ちゃんにチョコを渡すのは義理じゃないんだよ!?
ずっと意地悪してきたのも、章ちゃんの事を嫌いじゃなくて…!」

まるでそこら辺にある少女漫画の様な展開に、俺は口をパクパクさせる事しか
出来なかった。そんな中美弥は一人で話し続けていく。
「だって…ああやれば章ちゃんを独り占めできると思って…!だから…!」
「み、美弥?」
「章ちゃん、わたしの事嫌いでしょ?でもいいの、女の子に興味が
無くなれば他の子に取られる事も無いから…だから…」
最後の方は涙声で言葉になっていない。
「ち、ちょっと待て。それなら最初からそう言えばいいじゃないか」
「だって、小さい頃から酷い事ばっかりしてたから今更言えないじゃない…
それに章ちゃんがわたしの事をどう思っているかって知ってたし…
余計嫌われると思って言えなかったの」
その瞬間、俺の口はポカーンとしたまま暫く閉じる事が出来なかった。
今までの俺の人生って…使われてたのはこいつの独占欲だったのか…
「ごめんね…けど…だから今日…」
怒涛の様な告白に真っ白になった俺から体を離した美弥は
顔を真っ赤にしながら決定的な次の台詞を言った。
「だから…今日…チョコじゃなくて…私を…貰ってくれる?」
「へ?」
「何度も言わせないで!わ、私を貰って欲しいの…!」
突然頭の中が真っ白を通り越し目の前が暗くなる。
「きゃあ!章ちゃん大丈夫!?」
意識が遠のく瞬間まで、耳には美弥の声がこだましていた…。

つづく