秘め事1


 遅くなってしまった。
 由宇香は、まず、そう思った。
 秋の太陽は沈んで辺りは暗くなっていた。2学期が始まって一月ほどが経った日のことだった。
「もう、秋よね。」
そっと独り言をつぶやいた。校庭の植木は、まだ色づいてはいなかったけれど、風は、もう以前のようには生暖かくはなかった。それも、今ではとっぷりと闇に沈んでいる。
「急がなくっちゃ。」
美術室で、中学二年の由宇香は急いで画材を片付け始めた。電器をつけていない教室は真っ暗で、絵の具の色が分からなくなっていた。
 どれがどの色なの?
 由宇香は、順番通りに絵の具が箱の中に収まっていないと気持ちが悪かった。几帳面、とよく人には言われるが、自分では、ただ整理整頓を心がけているだけのつもりだった。
 静かだった。
 もう、他には、学校には人はいないのかもしれない。
 窓から差し込む光りが心地よくて、彼女はいつの間にか居眠りしていた。いつもなら、誰かが、例えば友達とか、声をかけて起こしてくれるはずだった。
 けれども、今日は春奈は風邪で休み。
 それを忘れていたわけではなかったが、かといって居眠りしないというわけでもなかった。
「電器のスイッチはどこ?」
別に独り言が多いわけではなかった。ただ、真っ暗な教室で、怖かった。
 怪談は信じるほうではないけれど。
 そう、思っていることが、すでに信じ始めている証拠なのだ、と由宇香はふと思った。
「先生達も帰っちゃったの?」
怒ったようにつぶやく。
 手探りで進みながら、由宇香はイーゼルにつまづいた。
「痛。」
大きな音を立てて、その木製の三脚は転がった。その音に、由宇香はびくっとして凍り付いた。あまりにも静かで、音をたててはいけないような、そんな気がした。
 音を立ててはいけない。
 音を立てると、学校の幽霊が目を覚ます。
 ふと、そんな事が頭に浮かんで、由宇香は背筋が寒くなるのを感じた。
「まさか。」
声に出してそう言うと、そろそろと足をすすめた。とにかく、電器をつけなくちゃ。
 その時、ノックの音が響いた。
 由宇香は、びくっとしてその場に凍り付いた。
「誰かいるのか?」
 大人の男の声だった。
 由宇香はほっとした。先生が残っていたんだ。
 がらがら、と音がして、ドアが開いた。手に持ったライトの光りがさっと教室を照らし出した。その中に、白い石膏像が浮かび上がって、一瞬、由宇香は息を飲んだ。
「なんだ?まだ残っていたのか。とっくに下校時間は過ぎているぞ。」
ライトが由宇香を照らしだし、まぶしくて由宇香は手でそれをさえぎった。逆光で相手が誰だか分からなかったけれど、由宇香はほっと息を吐いた。
「すみません。居眠りしていたみたいです。」
そう言いながら、由宇香は教室の真ん中でじっと立っていた。
「そうか。」
相手は、そう言うと、ライトを由宇香に向けたまま教室に入ってきた。
 あれ?部屋の明りはつけないの?
 由宇香はふと、そう思った。
 相手は、そのまま由宇香の前、3メートルくらいまで近寄り、それから立ち止まった。
それから、くすくすと笑い始めた。
 由宇香はわけがわからなくなって、呆然とライトを見つめていた。目が明りに慣れて、それを見ていても眩しくはなくなっていた。
「おれが誰だか分かるか?」
相手は、急にそう聞いた。
 え?
「偶然居眠りしていたわけじゃないんだよ、由宇香。」
男は、そう言った。
 由宇香は、急に恐ろしくなった。何を言っているの?そして、突然、その男が、理科の谷村だと気が付いた。この中学でもっとも女子生徒に嫌われている谷村。背が低くて、脂ぎった男。
「じゃあ、とりあえず歩いてもらおうか。」
谷村はそう言うと、ライトでこっちへ来い、と合図した。由宇香は呆然としたまま、その光りが差し示したほうへ歩き出した。
 簡単なもんだ、と谷村は思った。放課後、一人で絵を描いている由宇香にお茶を差し入れたのは、谷村だった。それから、帰り際、校内を見回る役目の当番も谷村だった。用意は周到だった。いや、この日を待っていたと言ってもいい。
 階段を降りて、それから進路指導室へと由宇香を誘導した。そこは、小さな部屋で、生徒のプライバシーを守るため、厚いカーテンが掛けられている。防音の設備もいい。
「そこへ座りなさい。」
そう言いながら、谷村は電器のスイッチを入れた。
 それから、この部屋は鍵がかかる。谷村はそう思いながら、ポケットの鍵でドアをロックした。後からつけた鍵だから、南京錠を差し込むように、それはなっていた。
 がちゃ、という金属がこすれあう音が、谷村には勝利の宣言のように聞こえた。
 由宇香は、急についた光りに目をしばたたかせていた。
「座れ、と言っただろう。」
谷村は、振り返ると鷹揚に言った。由宇香は驚いて、ぺたん、とその安物のソファーに腰をかけた。ぎしっとスプリングがきしんだ。青い、ビニールの、ソファー。
 谷村は、入り口のドアの前に立ったまま、にやにやと笑った。
「これから、何が始まるのか知らないだろうから、説明しておく。」
黒板の前に立ったときの、谷村の口癖だ、と由宇香は気が付いた。お説教でもされるのかもしれない、と由宇香は首をすくめた。
「お仕置きをするんだ。」
はっきりとした声で谷村は言った。
 おしおき?由宇香はかわいい眉を寄せて谷村を見上げた。谷村は相変わらずにやにやしていた。
「まず、服を脱ぐんだ。」
由宇香は、自分の耳を疑った。服を、脱ぐ?どうして?
「聞こえなかったのか?健康診断だよ。」
「健康診断ですか?」
戸惑って、由宇香は言った。
「そう。だから早く脱いで。さっさと終わらせて帰りたいだろう。」
早く帰りたいのは確かだった。早く帰らないと、怒られる。由宇香は、ブレザーを脱いで、それを何処に置こう、と一瞬だけ思った。
「ソファーの上にでも置いておけ。」
谷村の言う通り、由宇香は、それを置いて、それからちらっと谷村を見た。
「先生が健康診断をするんですか?」
「そうだ。もう俺しか残っていないんだから。仕方無いだろう。」
「どうしてこんなことしなくちゃ・・・。」
それを遮って、谷村が言った。
「あんなところで寝ていたんだから、風邪でもひいていると困るだろう。規則だ。早くしろ。」
由宇香は、納得できなかったが、どうすることも出来なくてシャツに手をかけた。それから、自分の顔が真っ赤になるのを感じながら、スカートをとった。
「靴を脱いで。それから空いているソファーに横になりなさい。」
言われたとおり、由宇香は下着姿でソファーに寝そべった。白いスポーツブラと白いパンツ。腹ばいで横になると、谷村はちらっと見て、
「仰向けだ。」
と言った。それから、鞄の中からカメラを取りだし、いきなり写真を撮った。
「なんで写真を撮るんですか?」
由宇香は、消え入るような声で言った。
「健康診断に写真はつきものだ。」
そういうと、カメラを手にしたまま近寄って、由宇香のスポーツブラに手をかけた。由宇香は、思わず身をひいて、それから逃れようとした。
「抵抗するな。時間がかかる。それから、今日のことは秘密しておくように。もし誰かに言ったら、この写真は掲示板に貼り出すからな。」
そう言い終わるが早いか、谷村は由宇香のスポーツブラをさっとめくりあげ、もう一枚写真を撮った。由宇香は、わけも分からないまま、ただ顔を真っ赤にして目を閉じていた。
 谷村は、てきぱきとブラを外し、パンツを剥ぎ取る作業と、写真をとる作業を続けていた。
「まだ生えていないのか、由宇香は。」
そう言って、谷村は由宇香の股間に手を伸ばし、その割れ目に指を這わせた。由宇香は、驚いて目をあけると、谷村はぎらぎらした目で由宇香の裸の下半身を見つめながら、にやにやと指を動かしていた。
「足を開け。」
谷村は、由宇香の顔も見ないで言った。由宇香は、蛇ににらまれた小動物のように、固まって動けなかった。
「聞こえなかったのか。足を開けと言ったんだ。」
そろそろと足を開くと、谷村は我慢できなくなったのか、由宇香の両足をつかみ、無理矢利大きく広げた。抵抗しようとしたが、予想以上に強い力に、由宇香の両足は腰の両脇に押さえこまれた。片手で押さえて、またフラッシュがまたたいた。
 谷村は、撮った写真を液晶で確認すると、それをかたわらに置き、
「急がないとな。」
と言った。由宇香は、早く終わって欲しいと思った。何が起きるのかも分からないままだった。
 谷村が、自分のズボンのベルトに手をかけたとき、由宇香は、これは健康診断じゃないと、ようやく気がついた。
「やめて。」
思わず、叫ぶと谷村は、振り返った。
「縛らなきゃいけないようだな。」
とつぶやいた。由宇香は、いやいやと首を振ったけれど、片腕が足を押さえていて動けなかった。両腕は何も拘束されていなかったけれど、それも動かせなかった。ただ、怖くて動けなかった。